国分寺市不登校を考える親の会(さくら草の会)
通信253号 2026 3月28発行
次回の定例会は4月25日です。定例会は第四土曜日2時から4時。会場はひかりプラザの予定です。地域を問わずどなたでもご参加ください。参加無料、予約不要です。事務局 石井ひろ子042-502-7558( 留守電にメッセージを入れてください。おりかえします。)
教育フォーラム「不登校を考える」
不登校・ひきこもりと地域に求められるもの
~子どもと歩む保護者たちの思いに寄り添って~
【日 時】2019年1月26日(土)午後2時~4時30分
【会 場】ひかりプラザ(203、204号室)
【講 師】広木 克行さん (神戸大学名誉教授)
【参加者】73名
(前回のつづき)父親の中には将来のこの子の自立というところから引き算して今を考えて、子どもを励まし、叱咤することが親たちの仕事であると思っているケースが少なくありません。
もちろん母親も子どもの将来は心配です。でも母親の心配の仕方はそれとはだいぶ違います。なぜなら冒頭の方でもお話ししたように、母親は自分の子育てがダメだったのではないかと自分の過去を振り返りながら自分を責める気持ちが強いからです。今それを反省して子どもに謝り、何とか子どもを受け入れられる自分にならなければいけないというように考えていくケースが母親の場合には比較的多いのです。大事なのは母親が過去を悔い過去を反省して今を何とかしようと思う、これも実は子どもにとってはすごく迷惑な話なのです。まるで目の前の子どもが失敗作であるかのように「ごめんね」なんて言ってしまう人もいます。でもそれは決して好ましいことではありません。いろいろと問題があり間違いもあったかも知れないけど子どものために一生懸命やってきた、その気持ちに間違いはないと思っていいとさえ私は思うのです。ここにも今の日本にまだまだ残る性別役割によって強いられた発想が現れているのかもしれないと思います。
それと同じように、私は子どもの将来を気遣ってつい励ましてしまう父親のまなざしも決して不要なものだとは思いません。ただ、大事なのは今それを出すべき時なのかを考えて見て欲しいと言いたいのです。今は子どもが何かを深く悩んでいるとき、自分の子ども時代ではなく目の前の子どもの悩みにこそ焦点を当てなくてはいけないという自己コントロールが必要なのです。子どもの思いを真剣に聞きながら、間違ってもあなた自身の中の子ども時代と身動きできぬほど苦しんでいる子どもとを比較することは避けて欲しいということです。
親の会に父親たちが参加するのがすごく難しいのは、子育ては母親に任せて、父親は会社で頑張ってくるという役割分担もあるのでしょう。けれどここで少し父親の気持ちを代弁すれば、「俺が必死に考えてやっているのに何をやっても母親たちは違う、違うと父親を否定する。」要するに子どもを助けたいと思っても父親はダメなんだなとお父さんは傷つき、ついにお母さんとの対立を深めてしまうことも少なくないということです。
父親には、自分の子育てを反省して抱く母親の思いや悩みを理解して欲しいのですが、同時に母親にも、父親は子どもの将来を思うからこそ悩み、勇み足の言葉掛けをしては子どもや母親から反発されてまた悩む、そんな悩み方や不安の持ち方をするのだな、ということを知ってほしい。どちらが正しいかで対立を深めるのではなく、お互いの思いを理解する努力もして欲しいと思います。その努力を実らせるには両親で一緒に学びの会に出てみることが必要なのですが…。
その意味で母親が過去から現在をとらえる指向性を持ち、父親が将来からの目で今の子どもたちを評価しがちなそういう指向性を持っていると言われていることも十分に知識として持ちながら、その自分の思いをコントロールして、症状で、行動で、あるいは叫びでシグナルを示している目の前の子どものそのシグナルが何を訴えているのか、何をわかってほしいと思っているのか、現在のその点にこそ関心をもって欲しいのです。
だから子どもの言ったことにすぐ応答することよりも、子どもが言ってくれた言葉を丁寧に記録しながらそれを次の親の会で相談員の方に聞いてみたり、または不登校の子を持つ多くの先輩に「こんな時あなたはどうしたの?」と聞いてみて欲しいのです。そうするといろんな失敗談や気が付いたことを教えてくださいます。そうやって学びながら今の子どもの苦しみに寄り添える自分、そういう自分を育て取り戻していく事が非常に大事なのではないかと私は思っています。
親の自己変革に歩調を合わせて子どもは育ちなおしをする
さてそろそろまとめに向けて話しを進めていきます。
長崎の親の会が30周年と言いました。長崎の親の会通信の去年の12月号は、一番新しい通信なのですが、その中に1人のお母さんがこんなことを書いてくれました。
「娘の不登校が家族そして母親の私に変化をくれました。今年18歳になる末娘が不登校になったのは中学一年の11月でした。なぜ学校にいけないのか、娘本人もわからない状態で始まりました。ただただ戸惑い、布団から起きられない娘を見守りました。娘の不登校という大きな出来事によって、私は三つのことを学びました。(次回につづく)
